日々のモノゴト

Twitterには書ききれなかったことを書いていきます

株式会社はてなを退職します

「で、誰?」と感じる方もいると思いますが、退職メールでは挨拶できない方もいるので記事を書きます。先週末(10月5日)を最終出社とし、10月末にて株式会社はてなを退職いたします。はてなには営業として3年4ヶ月ほどお世話になりました。

入社した経緯は、はてなのビジネスブログにもまとめていますが、「テクノロジー×コンテンツ×コミュニティ」の3つが揃った環境で、新しいコンテンツビジネスの可能性を探りたいと思ったからです。

2015年6月1日に入社した当時、はてなの営業部は7人で僕が最年少でした。そこから3年あまりが経過して今では倍以上の人員になりました。

はてな営業部では「はてなの資産をどうマネタイズするか」を仕事にしてきました。最初はタイアップ記事や広告枠、次にCMS(はてなブログMedia)、最後はオウンドメディア支援と多様な切り口で、はてなの価値を届けてきました。

なかでも印象深いのは、はてなブロガーさんやライターさんとのコンテンツ制作のお仕事です。

一番最初に担当した案件はSUUMOタウンで、いまの「街への想いを語る」形式の記事がはじまった2015年12月から、約3年間ほど担当させていただきました。最初に掲載したのは在華坊さんの記事で、そこからTakiさんメレ山メレ子さんとつづいた寄稿は初稿が届いたときから公開するのが楽しみでした。

何よりも驚いたのは「これは面白い連載になるぞ」とドキドキしながら、SUUMOさんに継続提案をしたとき。まず担当者と中途入社の新担当に挨拶し、記事の振り返りを説明しました。

すると担当者から「誰の記事がよかったですか」との質問が。「昔からTakiさんのブログが好きなんですよね!寄稿してもらえて良かったです」と僕が答えると、「実は目の前にいる新担当がTakiさんです」と、まさかのサプライズ。

「SUUMOタウンの寄稿がきっかけで転職したんですよ」

と会議室でいわれたときは大声をあげて驚きました。まさか自分の仕事がひとの人生に影響するとは思わず、それ以来、Takiさんと会うたびにこのときの話をしています。(※このインタビューでもその話が書いてあります

SUUMOタウン以外では、AIRDOさんが運営するYorimichi AIRDOの記事制作も一部担当していました。これは書き手の方に毎回北海道まで取材にいっていただく企画だったので、1本1本をいろいろな計画を練りながら進めていました。

一番印象に残っているのは、柿次郎さんにインタビューいただいた旭山動物園 坂東園長の取材記事です。坂東さんは普段あまり取材を受けないらしいのですが、AIRDOさんの日頃の信頼関係もあり貴重な取材の機会を得ました。

そして柿次郎さんが、坂東さんのお話をさらに読者に届く形にしてくれたおかげで、多くの方に読まれる記事になりました。

こうした企業様とWEBで活動する書き手の方をつなげる仕事は大きなやりがいでした。

長く担当させてもらった媒体はこの2つですが、このほかにも様々な媒体・タイアップ記事などを担当させてもらいました。いずれも、はてなを信頼してお話をくれた企業様のおかげで実施にいたりました。こちらもこの場を借りて、お礼させていただきます。

また、普段は編集担当が対面しているため、直接ご挨拶できていない書き手の方も多いのですが、いつも楽しみに原稿を読んでいました。はてなの記事制作に協力してくださった書き手のみなさんに、この場を借りてお礼をさせていただきます。

手前味噌ですが、すごく人に恵まれた会社生活を送らせてもらいました。

そんな中での転職ですが、理由は「はてなを離れて、さまざまなプラットフォームに挑戦したい」という気持ちからです。「コンテンツとビジネスの両方をプロデュースしたい」という気持ちは変わらないのですが、いまの快適な状況を出て、より横断的・実践的にコンテンツづくりに関わりたいと考えています。

次は11月1日より、CHOCOLATEという可愛らしい名前の会社で働きます。最近だとTwitterで6秒商店というオリジナルコンテンツを作ったり、池袋パルコでクリープハイプの展示をプロデュースしている会社です。毛色は違いますが「デジタル時代に良いコンテンツをつくる」ことは曲げずに頑張りたいと思います。

最後に、はてなのみなさま本当にありがとうございました。はてなは離れますが、今後も良いコンテンツをつくる仲間としてよろしくおねがいします。

みなさん最後まで読んでくれて感謝です。ただのはてなユーザーに戻ります。